こんにちは!今日は授業もDIYも全く関係のない話ですが、僕の中ではここ数年で一番感動したストーリーです。
誰かに話さずにはいられないので、書かせて下さい!
まずは僕が高校生の時に通っていた塾の話!
高校3年間通った鳳にあったすごい塾「志学ゼミ」
僕は中学時代は全く勉強をしなかった上に、模擬試験を受けても偏差値40台で、校内の英語のクラス分けでも一番下のクラスでした。
中高一貫校だったから受験がない分、余計に勉強をしませんでした。ホント勉強が嫌いでしたね…でもなぜか、プライドだけは高く、高校生になる直前で「外部から入って来る生徒たちに負けるのはなんかイヤ…」と思い、塾に通いたいと父親に相談しました。
そんな偏差値40台の僕を救ってくれたのが、鳳駅の近くにあり、地元の生徒たちには絶大な人気を誇る「志学ゼミ」でした。
個人塾でありながら、かなり多くの生徒が通塾していた志学ゼミ、先生方もいい意味で変わり者だらけでした!
ある日、いつも通り「問い合わせフォーム」を開くと…
ある日、塾の「問い合わせフォーム」にメールが届いたので、いつも通り「新入生の問い合わせかな?」と思ってメールを開きました。
そしたら…

そこに「志学ゼミ塾長森内の息子です」という文字が書いてあるのを発見し、全身に電気が走りました。

もうホント、電撃ビリビリのキルア状態でした。いや、カッコよく言いすぎか…
ビックリしすぎて、感動しすぎて…そして森内塾長の他界にショックを受け、色んな感情が混ざって泣きそうになっていました。
そして気付いたらそのメッセージに、論文並の超長文で返事をしている自分がいました。
塾長の息子さんは良くも悪くも、自他共に認める75%塾長のコピーだそうです。そこからやり取りをし、大阪に帰省される時にお会い出来ることになりました。
志学ゼミの塾長の息子さん!
近くのオススメのお店で昼食をとり、その後「是非、清水さんの塾も見てみたいです」と言って下さったので、塾に移動しました!
75%塾長のコピーである息子さんに塾に来ていただいたことで、なんだか塾長に来てもらっている気にもなりました。

ついでに毎日勉強しに来ている高3生も一緒に写っちゃいました!

そしてこの机の上に置いてある物の正体は…
志学ゼミの塾長が使っていた伝説の辞書!
この机の上に置いてある物体の正体は、塾長の魂が詰まった物です。

志学ゼミの塾長が使っていた伝説の辞書(の内の1冊)です。
中身を見てみると…

見て下さい…この訳の分からない辞書を…
「えっ…」っと一瞬、言葉を失いました。辞書を何冊も潰しているという話は授業を受けている時に塾長から聞いていましたが…まさかここまでとは…
塾長はよく「辞書は読みもの」とおっしゃっていて、喫茶店に入るとおもむろに辞書を取り出して読みだす…という噂もあったぐらいです。

どうやら辞書は4~5冊あるらしいです。辞書を何周もして、良い例文には独自のマークを印していたそうです。もうやっていることは大学の教授並…いや、それ以上か…
これが4~5冊ですよ…全ページにマーカーを引くだけでもかなりの時間が必要になるのに…。驚異的です。
志学ゼミの塾長は英語と共に他界…
この塾長の宝とも言える辞書、4~5冊あったので1冊は塾長の棺桶に入れたそうです。そしたら、火葬の時に骨にこのインクが移っていたそうです。
本当にこの辞書と一緒に逝ってしまったんですね…
本当に本当にすごい人でした。出来ればもう一度、生きておられる間にお会いしたかった…
発信することの大切さ!
今回は僕がブログにたまたま「志学ゼミ」のことを書いていて、それをたまたま息子さんが見て下さり、そして連絡をして下さったことでお会いすることが出来ました。
もし僕が塾のブログを書いていなかったら…そして塾のブログに志学ゼミのことを書いていなかったら、今回のこの素晴らしい日を迎えられなかったと思います。
何事も発信する大切さを学んだ1日でもあります。
さいごに
今回は志学ゼミの塾生でも知らない「塾長が塾を始めるまで…」の貴重な話も聞かせてもらいました。
森内塾長自信も色々と紆余曲折があったようですが、最終的には「俺には英語しかない!」と思い、塾を開いたそうです。そして最初は自分でチラシを作って配っていたそうです。僕と同じじゃないですか!
この記事が、志学ゼミの卒業生にも届きますように…
志学ゼミ関連の記事はこちら
⇨塾長が学生時代に通っていた塾(塾選び)をご紹介します!この塾がベースで今の清水学習館があります!
⇨塾長が通っていた鳳の志学ゼミとは?偏差値40台の僕を救ってくれた塾!
⇨「お前たち」と「お前ら」の温かみの違い!僕の通っていた志学ゼミの森内塾長が使っていた言葉!
以上、Mazzyでした!